49 │2024年12月15日

岡山バプテスト教会


週 句 あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。今日わたしが命じるこれらの言葉を心に留め、
子供たちに繰り返し教え、家に座っているときも道を歩くときも、寝ているときも起きているときも、これを語り聞かせなさい。
聖書   申命記6章5~7節  

説 教 「バブーシュカが掃除に夢中だった頃」 高橋周也牧師
聖書   マタイによる福音書2章1~8節

「喜びは、決断」
 クリスマスについて、日本の世間一般で認知されているのは、おそらくイエス・キリストよりも、赤い服を着て、白髭をフサフサ生やしたサンタクロースおじいさんでしょう。昨年、私はロシアのクリスマス物語『バブーシュカのおくりもの』(サンドラ・アン・ホーン、さわともえ訳、日本キリスト教団出版局、2009年)という絵本にであいました。訳者のことばによると、ロシア民話では、バブーシュカというおばあさん、イタリアではベファーナおばあさんが、プレゼントを配ってくれるそうです。なかなかおもしろいことですね!
 それらを楽しみつつ、やはり私たちが大事にしたいことは、彼ら彼女らを善行に駆り立てた出発点は、イエス・キリストというおひとりの方だということです。その方のお生まれに際し、東方の占星術の学者たちは、その場所へと導いてくれる星を見たという理由だけで、イエス様を拝み(礼拝するため)に、それまでの生活を全部投げ出して、新しい旅に出ました。そのお方のご降誕を「待ち望む(アドヴェント)」の旅路は、アドベンチャー(冒険)でした。
 クリスマス物語は単なる童話ではありません。私たちを新たな冒険へ駆り立てる神のドラマです。イエス様というお方に出会ったがゆえに、私たちは戒厳令を出したヘロデ王やそれと一緒に不安を抱きつつも何もしなかったエルサレムの人々、あるいは、少しくらい勉強したかもしれない祭司長・律法学者たちのようにではなく、何か新しい生き方へ奮い立たされるのです。聖書信仰における「喜び」は感情ではありません。その喜びへ向かって行くのかどうか。それはあなたの、そして、ひとりひとりの決断なのです。
 さあ、行きましょう。これからの時、イエス様のことをよく調べ、そして、皆さんの生きる現場で、イエス様を探してみてください。見つかったなら、他の人々や仲間たちに、ぜひ知らせてください。皆でイエス様を拝むために。